山口県周南市の住宅メーカー(株)COLe(コル)

「平成と共に」

  • 2019-04-14
  • 代表取締まられ役
  • スタッフの日常

早いもので、平成の時代も後2週間となった。

先週は、あまりに桜が綺麗だったため、急きょ、地鎮祭の紹介となったが、今週は、ザ・平成レジェンドに話しを戻したいと思う。

今回は、競馬界から、平成の天才ジョッキー・武豊さんです。

正に今から30年前の話し。
当時の競馬界は、どちらかと言うと、あまりイメージの良いものではなかった。
本来、競馬はイギリスで生まれ、紳士・淑女の社交の場であった。

しかし日本では、ギャンブルの意味合いが強く、決してイメージの良いものではなかった。
騎手(今は、おしゃれにジョッキーと言う)も、火に焼けた真っ暗の顔をしたおじさんばかりであった。

そこに、今までの騎手のイメージを覆す、一人の青年が現れた。
騎手は、馬に重量の負担を掛けないよう、体重制限も厳しいため、小柄な選手が圧倒的に有利な仕事であった。
正に、ちっちゃいオッサンの独壇場だ。

そんな中、身長170センチ近い、スラリとした甘いマスクの騎手、その人こそ、現在通算4000勝という前人未到の記録を打ち立て、今もなお、現役のトップジョッキーである、武豊だ。

武豊は、人気だけではなく、騎乗の技術、勝負師としての強さの全てを持ち合わす、とにかく規格外の選手である。
私生活でも、ブランド物のスーツに身を包み、そのフォルムと優しい語り口調が、メディアが放っておくはずもなく、競馬の枠を越えて、その存在が知られるようになった。
今の将棋界でいう、藤井聡太棋士のような感じだろうか?!
カープ女子のような感じだろうか?!

今まで、競馬に対し良いイメージを持っていなかった人、競馬をよく知らない人、そして若者、女性、家族が、こぞって競馬場を訪れるようになった。

競馬のイメージを払拭し、ギャンブルからレジャーに変え、競馬場をテーマパークに変えた彼の功績は素晴らしい。

勿論、彼一人だけではなく、JRA関係者の方の並々ならぬ尽力があった事は言うまでもないが…。

こんなに国民に愛される、ジョッキーを、他にまだ知らない❗

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